うお座25度 「聖職の浄化」

今日に日付が変わってすぐ、土星先生が逆行を始めました。
忘れ物を取りに行くとか、やり残しを片付けに行くとか、修正とかよく表現します。
で、6月にさそり座に戻って、今度いて座に帰ってくるのは9月です。
昨年末から始めたことの練り直し、本格的に形に落とすための調整に入る感じでしょうか。
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うお座25度
「聖職の浄化」The purging of the priesthood.


昔は学校の先生とか、お医者さんっていうのは聖職ってゆったんだよ、
いまは違うけどね、、いまは全く値打ちがなくなっちゃったね~っていうのは、
河童の死んだ母がよく言ってたことなんですが。
そのときは子河童だったので、意味はよくはわかってなかったけど、
確かに、いまとか、教師を聖職なんて言いませんね。
母は教師が聖職だった昔を例えるのに、
二十四の瞳とか、赤ひげをあげていました。

昔は、キリスト教の国なら司祭とかが、
日本だと坊さんとか神職とか、行者もそうなんでしょうか、
そうういう神仏に仕える人がいて、彼らの役割は、
人々の日々の暮らしとはちょっと離れた立場から、
人々を教え導く、そんな働きをしていたんだと思います。
教師が聖職だったのはるか昭和の初期までのおはなしかも。
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司祭や僧侶、神職が、
人々に教えを垂れることができたのは、
違う視点でものをみることができたからだと思います。
大人と子供、女と男、上司と部下、親子、友達、なんでもいいですけども、
ほとんどの悩みって人間関係の中で起きてくるものなんですよね。
その関係を離れて俯瞰して見ないと、問題の本質さえ見えてこない気がします。

わたしは何がやりたいんでしょう?っていう悩みだって、
本当は、人との関係がなければ発生しないものかもしれないです。

周囲のひとが自分より立派に見えたり、
自分より成功しているように見えたり、
恵まれてしあわせそう見える、
なのに、わたしにはやりたいこともない。

好きを仕事に!とかいうのがステキ!ってことにいまはなってて、
できるんだから若い内に起業しなくちゃって風潮もあったりする。
で、それで、みんなそれがカッコイイって思ってるけど、
ホントのところは、そんなのどうだかわかんないですよ。

バブル期にバブルで派手に踊って、派手に弾けて飛んじゃった人なんか、
あとになったら、あいつはバカだって言われてたけど、
バブルの当時はすごいカッコイって見られてたんじゃないですかね、
そういうのと似てると思いますけど。

やりたいことがないことが、なんか悪いことみたいになってるのもヘンですし、
好きなことを仕事にして、それで儲けるのがいいことだというのヘンな感じです。
やりたいことをやることがいいなら、
だらだらしていたいとかでもいいと思いますし、
ただ、好きなことを好きなように、人の評価関係なくやってたっていいと思う。
儲かったり、役に立って褒められたりしないといけない、
結果のでないことは、あまりいいって言われない。


自分が自分を特別に思うほど、他人はわたしを見ていないし、
こう見られたいって言うふうにはまずもって見られることはないんですよね。

ところが、ひとって不思議なもので、
自分がとうていなれそうにないけれど、
こうなりたいな、なれたらいいなと密かに憧れてる人物像に、
案外見られていたりするんですよ。

あなたは、あなたのなりたいと思っている人物そのものでしかありえないんです。
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by umiyami | 2015-03-15 01:54 | 今日のサビアンシンボル

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