カテゴリ:わたしについてプロフィール( 5 )

ダラダラしてると終わっちゃう、人生は自分が思うより短いようだ

人間生きてると悩みが絶えないものですが、
恋愛、結婚、仕事、家庭、愛情、お金、
もっとこうだったら、あのときああしていたら、と思ってみたところで、
もう後の祭り。
気がついたら自分の出番が終わってる・・・なんてことがないとは言えない。

恋愛が人生の一大事だった時期がわたしにもあったなーって、
懐かしく振り返ってみて、そんな「今」が来るとは、
あの当時には想像もできなかったし、
今、自分が占いをやったり、ものを書いたりしてるなんて、
誰かに言われても絶対信じられなかったと思うんです。
自分のことだというのはわかるけど、
思い出しても、まるで前世の物語を見るようですよ。

そして、今は今で今の問題を抱えて考えこんだりを、やっぱり繰り返していてw
ほとんど成長がないような気がしてしまいますよ。まったく、爆。


いつだって、本当は「今」しかないのに、
先のことばかり考えて、今をなかったことにする。
取らぬ狸の皮算用というでしょう、
「大人」のいう常識は、たいてい、それです。

わたしには悪くせがあって、とにかく争いごとがキライというのがある。
揉めるのがいやで、つい相手のいうことを聞いてしまう。
でも、結局は最後まで貫けなくて反乱を起こす。



わたしは、30才の時、
母が死んだ時ですが、遺産を放棄したいと言ったけど、
まあ、20坪のちいさな家だけなんですけど、
それがもったいないとみんなに説得された。

「家を建てるのがどんなに大変なことか、
おまえにはまだわからないんだ!
常識で考えろ、将来絶対後悔するぞ」
と親戚に諭されて相続しました。
その結果一緒に相続することになった数百万の借金も。
そして、親戚とは長い間、疎遠に生きてます、爆。
などと、親戚のせいにしたのは表向き、本当のことを言うと、
母が死ぬまで執着していた家を捨てることができなかった、
わたしの無意識レベルの母への同意だったのかもなーとか思ったり。


うーん、
占いをやるひとなんかが自分のことをあまりくわしく語るのは、
よくない気がしないでもないんですが。
しあわせ自慢でも不幸自慢でもない、
わたしの愛する母のことを今日は書いてみました。
私の母はものすごくダメなひとだったけど、
なんとも言えない愛嬌があっておもしろいひとでした。
たぶん、あんなおもしろいひとには同じ人生では出会えないと思います。


20150910 人を集める場を形成するには
わたしは蠍に金星海王星があるけど、後半というか終わりの方だし、
ヘリオは海王星が蠍だけど、やっぱり後半なので、
あまり、人の集まる場を形成する感じではないかなーとか、
あらためて思いました。
すくなくとも大所帯はないなーという感じ。

わたしの母は天秤太陽で、たぶん活動のグランドクロス。
たぶん、というのは、わたしは母の生年月日を知らないからです。
1931年の10月の前半生まれ、
まあ調べようはあるんですけど、調べてない。
この年の10月前半は火星が蠍座の真ん中から後半になる。
たしかに、母はすぐにひとと仲良くなったし、
いつも人の輪の中心にいた。とにかく人に囲まれていたがった。

わたしは何日ひとりでいても、たいして苦にならないけど、
母は寂しがり屋で、枕元に電話を置いて寝るひとだった。
目が覚めたら誰かに電話をかけて今日の約束を取り付ける。
誰もつかまらなければ、パチンコ屋に直行する。
パチンコにいけばだれかに会えるから。

「やくざの子分の人や、日本語があやしいひと、
なんだかよくわからないひとがとりまいているけど、
おまえ知ってるのか?母ちゃん本当に大丈夫か」と
わたしに注意するように言ってくる親戚もいた。

あるとき、夜中の2時にタクシーで私の家にやってきて、
ドアをドンドコ叩くひとがいた。
夜中にどうしたんですか?って言うと、
「あんたのお母さんがいつでも遊びに来いと言ったから来たんだ」
なんて言う、とんでもないヤクザなばあさんもいた。

母の知り合いはみな、はじめてわたしに会うとびっくりする。
普通すぎるからだろうけどw
賢そうだとか、真面目そうだとか、
要するに常識的でまともだ!
という感じだ。
みな、韓国人と付き合ってると、韓国人なんだと思い、
チンピラと付き合ってると、チンピラばばあだと思う。
だけど、そうとはかぎらない。


で、まあそんなふうに、
母が生きてる間は、家にはしょっちゅう人が来ていた。
親戚は集まると必ず我が家に泊まったし、
よくわからない居候がいた時期もある。
居候をしていたあるひとは、
「あんたのお母さんは、他人のことなのに、私のことで真剣になって、
あまり真剣すぎてこわいから距離を置くよ」と出て行った。

母はそういうふうに人の世話をよくした。
仕事のないひとには仕事を探しまわってセッテイングした。
借金してきて食べさせて、帰るときにはおみやげをもたせた。
お金がない人には借りてきてお金を貸してあげ、
保証人にもなったし、そうしたひととよく一緒に金策に走り回っていた。

自分自身が昔、失踪した夫の借金を抱えて苦労した時期に、
見返りも求めずに保証人になってくれた人のことを、
後生恩に着て感謝の思いを、何十年たってもわたしに話して聞かせていた。
(この失踪した夫はわたしの父とは別の人です)

わたしの貯金も人のため、
それと、母のパチンコ代に使われた。

母はいつも同じことを言った。
「いいひとなんだけど、可哀想なひとなんだよ。助けてあげたいんだよ」
連れてくる人の身の回りの世話みたいなことはわたしの仕事だったので、
母が生きてる間はほんとうに忙しかった。

ただ、簡単にそうやって、母の好意の押し売りを受けとるひとは、
死んでからはまったく音信がない。
母が死んでから三ヶ月もたたず、夜逃げした人もいる。
母はそのひとの借金の保証人をしていたので、
夜逃げしたために、わたしのところにその借金が回ってきた。
母自身の借金もあったので、
30才のときのわたしの人生は、まさにふんだり蹴ったりだった。

占星術を勉強しはじめて、そのときの三重円を見て納得したのは、
やはりトランシットの冥王星ががネイタルの土星に90度だったこと。

わたしは、ネイタルが8ハウスの土星と5ハウスの金星が90度。
金星のとなり、4ハウスには海王星がある。
わたしの4ハウスはてんびん座ではじまり、後半が蠍座なんである。
人生の前半戦は母の影響で、他人に囲まれて落ち着くことがなかった。

習い始めのころ、
・8ハウスは人のお金、遺産
 ここに土星が入ると人の借金をもらう。
と書いてあって、あまりにそのままで笑ってしまった。

4ハウスの海王星も割と教科書どおりだったかも。
秘密の多さ、宗教との関わり、
親の保護を受けられないというか、
基盤としての家庭が流動的で足元がいつも揺れていた。
わたしは、生まれてからほとんど両親と落ち着い家庭で暮らしたことがない。
他人様に預けられていたか、家に母がいても父が居ない、
父の違う姉が突然家出してきて同居することになったり、
毎週事件が起こる連続ドラマみたいな忙しさだった。



今はとても静かな生活です。
まるで人が寄り付かない家になったw
主が変わっただけで、こうも変わるものかと、
母が主であった頃の、この家の賑わいを振り返ると感慨深い思いであります。
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by umiyami | 2015-09-11 14:34 | わたしについてプロフィール

12ハウスふたご座

45才で亡くなりました河童の父のチャートですが、いいでしょうなかなか。

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金星と月の間にリリスがはいります。
ドラゴンヘッドはうお座の頭。

散歩が好きで、
下駄履いていつも早足で、猛烈に歩くんですよ。
だから一緒に歩くと大変なことになりました。
遅い!って子供なのに怒るんですよ、本気で怒って、
自分が子供みたいに地団駄踏んでるんですw
もうほとんどキチガイでした。
今思い出すとおかしくて笑えるんですけどね。

このひとは、
今の時代に生きていたら、いっぱい仕事あっただろうな、
家にいて仕事出来ただろうなって前から思ってたけど、
ホロスコープを見ることができるようになって、やっぱりなって納得しました。

人と会話どころか挨拶もできない人だったんです。
だから、外に出て働くことがものすごく辛くって、
お酒に逃げて、たぶんそのせいで胃がんで早くに死んでしまった。
異常な恥ずかしがり屋の自意識過剰で酒乱で、
ちょっと天才的なところがありました。←わたしだけが言っているw


でも、携帯も、パソコンもない時代を選んで生まれてきたんだよね。
わたしが物心付く前にはもう両親は離婚してましたが、
父がガンで死ぬ直前に復縁しまして、母とわたしで看取りました。
一緒に暮らしたのが数年なので、ほとんど思い出がありませんが、
この父が世界で一番わたしを愛してくれていた人だったかもしれないなと、
それはなんとなく思ったりします。

「愛し方を知らないひとでした」なんてカッコイイ言い方がありますが、
それは違うと思うんですよ。
ここは、
「あなたは、わたしを、わたしが望むような愛し方で愛することができなかったね」
と言い換えるべきだとわたしは思うんですね。

愛のない人はいないと思います。
たしかに、他者への愛より自己愛のほうが強いひともいるでしょうが
その反対に愛にあふれた聖者がいるように・・・
それはもう、しょうがないこの世のシクミとしてあり続けるものなので。


鑑定依頼されたなかで12ハウスにこれだけ集中してるひとを、
わたしはまだ一人しか見たことがないです。
講座とか、読み会とか個人的に見た分も入れても、
相当な数を見てるはずですが、そんなにないですね。
時間がわからないせいもあるでしょうが。

父ははっきり言ってアルコール依存症で、酒乱でした。
暴力があった。二重人格的だった感じです。
たぶん、誰とも長くは一緒に暮らせなかったでしょう。

おとめ座の火星、海王星、木星の合が、
ふたご座の水星、太陽、金星、月と微妙にスライドしつつ90度。
依存症に多いアスペクトです。

8ハウスの土星はみずがめ座で、これはわたしもそうなんですが、
ネット依存の活字中毒ですw
もし、ネットのような世界を持つことができていたら、
父にはやれることがいっぱいあっただろうな・・・と、やはり思ってしまいます。

まあ
この父への思いも、ひとつのわたしの神話なのかもしれません。





わたしはふたご座と乙女座の男の人には憧れますが、
一度も付き合ったことがないんですよ。
射手座、獅子座、牡牛座、血液型はBが多いw
ふたご、おとめさんとはたぶんまともに話をしたこともないです。
一生そうやって憧れたままで距離を保っていくような気がしますw
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by umiyami | 2015-06-10 23:37 | わたしについてプロフィール

今日はお墓参り。

ひそかに、水面下で激動してる感じの春分点通過でございました。
一体なにがおきているんだろ、ってかんじです。

昨夜眠りになかなか入れなくてシータ波のまま延々と、
点と線が図形を生む、そんな世界をずっと見ていました。

暗い闇に小さな光の窓がパカっと開くクリアな映像を見たりしていましたら、
それからまた線と図形、中くらいの光、小さい光を見て・・・
一度、ビカ-!って感じの大きな閃光でハッと目が覚めました。

目が覚めたら、悲しいような、ありがたいような気持ちでいっぱいになって、
わんわん泣いて、そのまま寝てしまったようです。

それで朝起きる時も、うとうとしつつトランス状態が続き、
父と母の夢を延々と見ていたような気がします。
夢に父が出てくるのはとてもめずらしいんです。
起きるときに、「おとめ座、スーダン部」って聞こえて、
あー父はそこに今所属してるのか、ふーん・・って思って目が覚めました。





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キロンが水星と合
リリスが金星と月の間にあります。

父はすんごいふたご座で、すんごい12ハウス。
実際定住すらできないような生き方だったです。
風が吹くと飛ばされてしまいそうなひとでした。
人と深くかかわることをしない、できないひとで、
あいさつとか全然しないひとでした。
それは家族でさえそうで、一緒にいても会話がない。
でもお酒を飲むと、楽しそうに一人でずっとしゃべってる、
趣味は詰将棋と散歩。
下駄を履いてどこまでも歩いて行く感じで、
一緒に歩くと足が早くてついていくが大変でした。

仕事は田舎の郵便局員をドロップアウト後、漂流し、
これまた辺境の紀伊半島の南端に漂着。
無線通信士をしていて、父の天気予報は99%当たりました。
無線しながら天気図を書きながら本を読むとか、
わたしなんかだと考えられない手と頭の使い方の出来る人でした。
本と、はんだごてと、携帯用の将棋盤、それと散歩。
あと、酒乱、爆
それがわたしの父のイメージです。

父はすごく頭がよかったみたいで、見た目もメガネが似合って知的な感じでしたが、
そうういえば母の最初の夫、姉たちのお父さんも、ちょっと似たタイプでしたね。




半世紀ほど昔のはなし、
で、相当個人的なことですが、
わたしの父は、
わたしが生まれるのを聞いて自殺未遂をしたそうです。
母が同時に危篤になったことにショックを受けたんだろうと思います。


母はそういうはなしを子供の前で他人にペラペラ喋る、不幸自慢タイプの人でした。

ま農薬なんて不味くてガブガブ飲めたシロモノではないので、
飲み足りなくて命に別状はなかった。母も一命をとりとめました。

それで、父は農薬がまずかった反省もあってか、その後しばらくの、
わたしが乳飲み子の時期に限ってですが、結構いいパパだったようです。
赤ちゃんうんちは新聞紙を折って船を作って、それにさせていて、
うんちは常に父の検分を受け、すみやかに捨てられるのであった・・
なかなかエコで頭いいですねw
わたしはこの記憶には残っていないエピソードが好きすぎて、わりとよく想い出すんです。

しかし、ものごころついた頃には両親は離婚して、
家族とか家庭というのがちょっとわからないで育ちました。
母と二人だったり、父と二人だったり、オババの家に居候していたり、
宗教団体に放りこまれていたり、施設の世話にこそなりませんでしたが、
むしろそのほうが同じ環境の子供が居て良かったのかもしれないなと、
今振り返ると思ったり、思わなかったり。

そして、
両親はわたしが13才の夏に復縁し、その翌年、父は胃癌で死にました。

もしかしたら、続く・・・
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by umiyami | 2015-03-23 11:08 | わたしについてプロフィール

メイ・サートンとわたし

昨日松村先生の雑記でメイ・サートンをいう詩人のことを知りました。
詩人というとランボーと茨木のり子、他知りません。
詩とか全然興味ない情緒のない河童です。

松村潔のページより、昨日の雑記
20130804 メイ・サートン

ヴェイユは興味があって調べたことがあるので知ってましたが、
メイ・サートンというひとのことは全然知りませんでした。
とてもおもしろそうな人!
で、ゆうべ本を注文してしまいました。

このひとなんだかわたしと似てるなという第一印象。
ただ、わたしはメイ・サートンよりご近所づきあいとか下手です。
庭仕事は嫌いだし意識的に生活を楽しむとかいうことはできません。
第一詩人ではないですし、同性愛傾向はたぶんないと思うけど。

ひとりで老いるということに不安がなくはないけど、
たぶんひとりだろうけどそれでもいいな、という最近の心境があって、
とても興味が湧きました。

でも友達はいます、わりと長い付き合いをするけど頻繁に会ったりはしません。
友達と本と占星術と猫。今はネットが本を浸食してる感じはありますが
それで足りてる。どれが欠けても困るけどネットはまあなんとかなるでしょう。

人間は好きですがたくさん人がいるところはとても苦手です。
常識とかルールとか普通はこうだよねー?みたいな同意を求めるひとは超苦手です。
人に合わせることができなくて、
しょうがなく枠から外れてこぼれ落ちちゃって困ってる変人が好きです。



メイ・サートンは太陽おうし座で、月と木星がいて座。
わたしは太陽がいて座で、月と木星がおうし座です。

メイ・サートンのASCにわたしの太陽。
水星ドラゴンヘッドのあたりにわたしのMCがきます。
メイ・サートンのMCがわたしはICの感じです。
わたしのASCにはメイさんの海王星が近くて、
わたしのドラゴンヘッドにメイさんの冥王星。

メイさんの孤独を愛する性質は、
おひつじ座とおうし座にあつまった天体が語ってます。
いて座の月と木星は、
視野の広さ女性としては粗削りで開けっぴろげな性格をあらわしてる。
ざっくばらんで正直な女性だったんでしょうね。
この時代に生きるにはちょっと窮屈だった。

そうか、詩人のこころはやはり12ハウスの月なんだ。
わたしは12ハウスは天体なしですね。
12ハウスドラゴンヘッドなので、
オレの幸せはここにあるぞーって、
180度に位置する6ハウスで働く射手座の太陽が、
双子を見上げて夢見てる感じでしょうかね。








もうすこし自分のことをいうと、いましごとが嫌。
それらしい理由も書けなくはなく、あることはありますが、
でも本音は仕事にすっかり飽きた。もう得るところがない気がしてる。

でいまはこころは山の上の茶畑と峠の茶屋に飛んでいる。爆
田舎に住んでるけどもっと田舎に住みたいと思っているんです。

それを今すごく思ってて、仕事でいろんなひとの間を飛びまわり、
研修で人中に入っていくのがものすごく苦痛。
もう10年以上続けてきたでしょ、なんでダメなの?
言われそうですが、いままで続けてきたからもういいじゃない、
そうなんだから、しょうがないじゃんーって感じです。


あなたに是非来てもらいたいと言ってくださる方もいて、
そういうのはありがたいんです、とてもありがたくうれしい。
そういうひとと会ってお世話したり話しをしたりする、
そういう仕事は全然苦になりません。
とくにわたしを気に入ってくれてないひとが相手でも
仕事は別に苦になりません。

苦手なのはそれにまつわるいろいろの仕事と、
人が死んでいくこと。
だれでもいつ死ぬので、
必ず一回は死ぬのでこれはしょうがないんですが。

いろいろな仕事のいやなこととは、
書いて報告書会社に出したりすること。
会社のひとと話したりすること。

書くことは苦になりませんが、それを報告するのがつらい。
報告するだけならまだいいけど会議とか研修とか、
上司とか同僚とのなんとかかんとかがすごくつらい。


人生の中でわたしはそういう人嫌い的な穴ぼこに落ち込む時期が、
定期的にありまして、今またそれがきたのかなという気がしてます。
これはあきらめないとしょうがないです。
これがわたしなので。



1960年代自分の小説のなかで同性愛を告白したサートン。
大学の職を追われ父の死に遭い予定されていた本の出版も中止。
失意の底で、全く知らない田舎での生活をはじめる。
これは頃の一年間の日記。
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わたしはこの本の原点となる時代、メイさん46才が失意から立ち上がり
田舎の家探しをはじめたあたりから始まるエッセイ
「夢見つつ深く植えよ」の古書を注文しました。
夢見つつ深く植えよ
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by umiyami | 2013-08-05 08:42 | わたしについてプロフィール

わたしが占い師になった理由。プロフィールのようなひとりごと


河童母さるめです。

ホームヘルパー歴10年数年。
老健施設→認知症グループホームで3年、ホームヘルパー9年くらいやってます。

占星術は2008年冥王星が山羊座に入ったタイミングで占星術を知り、
自分に起きた異変の、いろんなことがつながった!ということがきっかけで勉強し始めました。
最初は独学で、途中から松村潔先生の講座に通いました。
ですのでわたしの鑑定は松村先生の影響がかなり濃いかもしれません。


ここで自己紹介として、惑星の動きと自分の経歴を重ねてみます。
1996年、冥王星が蠍座から射手座に入りました。
このあたりからわたしの人生は大きく変化し孤立無援化していきました。
冥王星は1996年から2008年まで射手座に滞在していて、
そのときは天体のことは知りませんでしたが、この期間はわたしにとり激動の不運な時代だった。

大失恋があって、家族が次々鬼籍の人になり、借金を置き土産においていきました。
腰痛で働けない時期もありました。頼れる身内はひとりもいませんでした。
リストラにも三度あって、わたしはこの間に全く畑違いの職種、事務から介護の仕事に変わりました。

この変化のありようは尋常ではなかったです。わたしがいったい何をしたというのか?
と、おかしな被害者妄想にはまっていた時期もあった気がします。

わたしの太陽サインは射手座で冥王星の影響を強く受けていたということを、
冥王星が射手座を出て行くタイミングで知りました。冥王星ってどいつだ!ちくしょう!
占星術ってなんだ!冥王星め!と、そのとき思い猛烈に冥王星のことが知りたくなりました。
それが勉強をはじめたきっかけです。

まずは占ってもらえばいい!とネットで探して依頼しました。最初はメール鑑定でした。
占ってもらった数人の占星術師はどいつもこいつもトンチンカンで的外れなことばかり言うため、
占星術ってこんなものなのか・・・とずいぶんがっかりしました。
しかし、最初の「なんだ冥王星って!」
という、インパクトがわたしに途中であきらめることを許しませんでした。

で、しょうがないから自分で勉強をはじめてしまいました。

それからも、何度か占ってもらいましたが、そのなかで松村先生に習ったというふたりの占星術とタロットの占い師さんがとてもよかった。やっとまともな人に出会った!と思いました。
それはよしだゆきさんとリマーナすずさんです。

占星術を知って、自分のできることできないことを自覚して、起きたことを過不足なくそのままに受け入れることを知りました。あきらめることをあきらめると同時に、しがみついてでもやりとげるべきことがあることを知りました。不仲になっていた親類とも和解しました。




まあそんな感じで今に至ります。

一昨年まで3年ほど占い師として活動もしていましたが、今は本業に専念しています。
鑑定はいずれ再開すると思いますが、今はリピーターさんとそのご紹介がある方に限らせてもらってます。


継続的に満月と新月に鑑定モニター募集していきます。
自分の勉強のためにデータをとりたいという魂胆からです。
お支払いは鑑定を受け取ってから、ご自身の納得いく金額をアマゾンギフトでいただくという、
めんどくさい方法をとらせてもらってます。15円から設定できます。
カードをおもちでない、ギフトの送り方がわからない方は、しょうがないのでコンビニでその金額を募金していただこうかなとか考えてます。めんどくさくてスミマセン(^^;;

基本的には通常の鑑定と変わりなく、ご相談内容をいただいてそれに答える形です。
満月と新月の影響とその影響を個人に生かす方法もはいるかもしれません。
モニターに興味を持ってくださった方は是非ご応募ください。
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by umiyami | 2013-07-30 12:36 | わたしについてプロフィール