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あいのては愛の手

河童
2016年4月28日 13:16
なんかすごい発見をした気がする。父が昔、黒人はなにもなくても、石ころでも楽器にして音楽をする、リズム感がすごいとかなんとかっていってて、へーそうなんだって聞いた。で、今朝見てた本にあった、アフリカから拉致られて運ばれてきた黒人奴隷は音楽を禁止されていた。

河童
2016年4月28日 13:17
なぜなら彼らは太鼓で遠くの仲間と対話をし、部族特有の歌と踊りを大切にしそれにより仲間の結束を固めた。その団結を白人はおそれたから音楽を禁止したという。

天狗
2016年4月28日 13:19
げげげ。



河童
2016年4月28日 13:23
で、彼らは仕事の中で石や鍬で仲間と息を合わせてリズムを刻んで仕事の能率を上げ、ワークソングをつくった。日本だったら牛追い歌とかの民謡とか?いつしか白人に隠れて、手に入る白人の楽器で自分たちの音楽を作り始めた。ロックもポップスも源流はブルースだっていうじゃん。

河童
2016年4月28日 13:25
黒人は奴隷になることで、すごい苦難の道を歩んで、素晴らしい音楽の種を世界中にひろげて植え付けたのか、って、すごい感動した。

河童
2016年4月28日 13:27
世界中のあちこちで、たった一曲にうたれた少年が一瞬にして人生を変える奇跡的なロックの魂なわけだわ、

河童
2016年4月28日 13:33
飼いならそうと白人がおしきせた教会と賛美歌も、いつのまにか黒人霊歌とかってはでにアレンジして教会でも踊っちゃうしw抑えつけられるぶんだけたくましく強くなる

河童
2016年4月28日 13:39
で、広義の意味で現在ポピュラーなロックもポップスもヒップホップもデキシーもアウトサイダーアートであると、それは西洋音楽文化の源流にあたるクラシックとそうへきをなすものじゃないのか、ということがその本には書かれていたの

河童
2016年4月28日 13:42
まあ、父がそんな深いこと考えて言ったわけではないだろうけどだ

天狗
2016年4月28日 14:19
なるほど。



仕事の帰りにおばばをリハビリに連れて行き、
待ってた間の会話(?)
移動中と待ち時間になんか思いつく河童先生に3ハウス乙女火星


わたしの父はわたしは中学生になったくらいに死んでいて、
別居していたのであまり記憶がないんだけど、
時々現れては面白いことを言って、
酒に飲まれて暴れては母に放り出されていた。

・宗教の教えはどこも素晴らしい。
でも現存する特定の宗教は、教祖が偉大であるだけで、
教祖の死後大きな教会を維持しようとした時点でオシマイ。
教会は大きければ大きいほど中身の精神は空だというようなことを言っていた。
病気がちのお母さんにはすがる宗教が必要なことは理解するけど、僕はいらない。

・食器も衣類も市販の洗剤はよくよく洗って落として使わないと毒である。
・野菜は塩ふって食べろ!
・インスタント食品は人間の食するものではない。
・何事もやるなら徹底してやるべき。中途半端だからダメなんだ。

父は時々現れては突然いなくなる存在だったので、
死んでからの方がリアルで身近な存在になった気が実はしている。
1980年代ってケミカル全盛って感じだったんじゃないかって思うけど、
添加物とか薬品とかにも批判的だった。
12ハウスふたご座ステリウムの父でした。
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by umiyami | 2016-04-29 09:37

ヘンリー・ダーガーのホロスコープ

死後の評価と名声はどこで見るかなって、ちらっと思ったんですが、
人生の幸不幸の感覚が、わたし自身ちょっとズレてるのかもな・・って、
これ書いてからおもいました、



今日もこれから出かけるよ!という時間が迫ってから書き出しているのです。(おい、
よって、オチはないままチャートと参考資料だけ
並べて今日も逃げます。

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不遇な人生、孤独で不幸な人生、とか、
(わたしは孤独はいいことだと思っています)
生前は幸運に恵まれなかったなどというのは、
なにか本質的にズレている気がするのです。
かといって、無垢な精神で純粋芸術に生きた、みたいな表現も似合わない。
子供に恵まれ幸福な家庭をもっていたら、こんな作品群を残してないってば。
例外はあるけど、人生の幸福と創作の幸福はどっちかひとつなんだと思う。
そして、作品は完成した時点で作者の手を離れて歩き出す。

生前不幸で、死後認められたことを死後の幸福とでも言うんでしょうが。
死後の地上的な幸福は、ダーガーの「遺産」に価値がついて、
遺族となる親戚がいたら、その親戚は幸運かもしれませんが、爆。
壮大すぎた黒歴史…非現実の王国に生きたヘンリー・ダーガーの孤独な人生



人間性と芸術性の対比みたいなことを考えます。
内面に欠けたところがないと、創作活動はできないと言われますが、
内面が豊かであればあるほど、外面での見栄えが良くなかったり、
常識はずれの行動になったり・・・ということがあるのではないか・・・って。
これは先に言ったことと反対のように見えますが同じことです。
貧しいから豊かさに憧れ欲望することができるのです。

クラプトンは子供を幼くして失って素晴らしい曲を書いたんですね!
すてき、すばらしい、涙。
と、いうだけではなくて、
女性関係が大変アレなひとでもあったようで、
自分のものにならない人妻に恋焦がれ、
俺はこんなに愛してるんだ!というそのままを歌った名曲もあり、
そのころはドラッグとアルコールの依存症だったり、
で、婚外子だったコナーくんの死が結局はきっかけになり立ち直るんですが、
父らしさを発揮する前に死なせたことへの後悔と自己憐憫の、
親の愛というよりも・・・
一人のダメ人間としての、
人間らしい嘆きの慟哭から生まれた曲だという気がします。
しかし、人間ってなんでかしらないけど「不幸」なドラマを好む傾向があるよね。
ドラマチックな人生は悲劇的であることで、人間の物語りから伝説になり神話になる。










「五体不満足」乙武さんが、
幼稚園時代から女子にモテていた、
自分の姿形で注目を浴びることが不快ではなく、
目立って嬉しかったと紀里谷さんのインタビューに答えていて、
なんと素晴らしいwwwwwww
現実は自分で作るというのは本当だな・・・って、強く思った次第です。
まあ、あの方はほっといても大丈夫そうです、爆

メディアでは「不幸な境遇」を乗り越えたひと!という持ち上げ方でしたが、
不倫でどん底評価なわけですがw

でも、インタビューでは生まれた時からこの体なので、
乗り越えたことなんかないってご本人は言ってましたよ。


そりゃそうだ。
誰かと比べることなんかできない、
自分は自分としてただ生まれ、
生まれたときから可愛いと思ってくれる親がいた、
ということを自覚していることがこの人の強さなんでしょう。
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by umiyami | 2016-04-27 16:37

お茶の木

おばばの山のお茶、
新芽がうまそうだったので、ちょこちょこ摘んでお茶にしている。
これくらいの感じだと天ぷらとかにするといい感じ。
めんどくさいのでしませんけど、
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蒸して揉んだところがこんな感じになって↓
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それを天日に干したらこうなります↑※ひじきではありません!


おばばが引っ越すので、家を売りに出しているんですって。
でも問い合わせはまだ一件もないとか・・

おばばの施設への引っ越しは、
なんだかんだと5月1日に入居の予定だったのが、来月に伸びました。
おばばの茶屋が売れちゃうともうお茶摘みできなくなるなぁ・・
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by umiyami | 2016-04-26 20:00

ブログのネタの作り方

いいことがあった時は当たり前にネタになるけど、
なんにもない時は、どうしましょう~ってことの続きです。

そういうときは、占星術をやってるひとなら、
ホロスコープに注目してみるとなんかでてくるはず。

とはいえこれも簡単にオススメ!とはいえないところがあって・・・

惑星がサイン移動するときや、新月満月はいいけど、
毎日見てると毎日書くのはかえって大変だなって感じ絶対なってくる。

なんでかって、
月だって毎日はサインを移動してないからさー
変化が微妙すぎて書きにくいんです。

書くぞ!という強い意志がないと書けないし、
意志力だけでもこれまた面白いブログは書けない・・・というジレンマがw

結局、なにか自分なりのテーマを芯に持ってないと、
毎日は書けないわけですよ。

たとえば願望実現がテーマなら、
新月満月に注目して、そこを目指して日々を調整する、
そのために今日の行動をどうするか?という読み方でいく・・このやり方は、
(やろうと思っても、相当お勉強進んでないとすぐには真似できないと思いますが・・・)
keiko的、占星術な日々。 とか、
似たところで、
占星術を活かして自己実現しようという似たスタンスだと、
みけ まゆみの日めくりホロスコープでみられるような、やり方じゃないかなって思ます。
本格派の占星術好きはみけまゆみさん、占い好きはkeikoさんって感じかな。


おまぃはどうなんだ1?!と言われると・・・
おいらは
占星術おもしろい教の布教
夏休みの宿題の絵日記とか全く書いたことないし、
同じく朝顔の観察日記とか書いたことない。
今で言う学習障害児だったと思われる子河童時代から、今も全く成長しておりません!

偉そうに言ってみて気づいたけど、
結局、書きたいから書いている、ということですだ!


毎日書のはてめんどくさいわけですよ。
でも、めんどくさいは修行!
好きなことでも毎日やってるとめんどくさくて嫌になる。
もおいやあああああああああああぁあ
こんなことやってて何になるのおおおおおヽ(`Д´#)ノ ムキー!!
ハイ、なんにもなりませんwwwwww
でも、
このめんどくさいとイヤイヤ病をクリアして至福へ至るのです!
たぶん、
現実的に見える結果としては、かなりやらないと出てこないです。
でも、この「もおいやあああああああーー」という、
なんの役にもたってないように感じる時期や、
なにも効果がでていないと感じる時期が、
そのひとが一番成長している時期だという説があります。

あと、もうひとつ大きな効果があります。

いや~~なことがあったら(゚∀゚)ネタ!キタコレ!!
ブログ書きの醍醐味なんですようおお。うふふ....
この、
ネタキタ━━━━(゚∀゚)━━━━!!!

これがなにがすごいかっていうと・・・
物事を自分からちょっと切り離して客観視させる役割を果たしてくれる。

いやなことがあって、
友人や家族にちょっと愚痴ってそのままなら、
物事と自分自身との切り離しはできません。

自分の体験を人に読んでもらえる文章にする、
このことがすごく重要な働きをします。

この、
伝わるように説明する作業が、起きたことを冷静に見なおして、
自分を見つめる作業になるんです。
そうすると、段々と、
物事を個人的に見過ぎないで冷静に判断することが身についていく。


書くことは冷静さを取り戻す作業です。
そして、冷静は霊性へと至る道です。

そんな気がしますよ。
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by umiyami | 2016-04-25 20:21

河童式☆ブログのなにがオススメなのか?

来月からまた毎日ブログ書こうかなぁー
とか思ったり、
やっぱりやめとこーーーと思ったりの
今日このごろの河童先生です。

昔々ですが、結構長く毎日ブログ書いてたんです。
そのころは、河童ではなかった・・・
占星術を勉強始めた頃とかその前後で、
1年365日、毎日ブログを書いていた。

一日も休まなかったのは2年くらい続いたかな。
最初の1年は、
辻麻里子さんの本を引用して書いてました。
そうそう、そのブログがきっかけで、天狗先生と知り合ったんですよね。
数字のメソッド―スターゲートの解説
この本も全然意味分かんないけどおもしろかったんですよね~。
365日に図形と言葉が付いているんです。

で、これは名著!と思って二冊買ってあったのを・・・
これは確か3倍の値で売れました。
失業してお金がなくなった時に本で食べてました、
ありがとう辻麻里子さん!
売りに出したのは大半が半額以下でしたけど、
買った時の数倍で売れたのもけっこうあったですね。

松村潔著の本に限っては、
使いすぎてどれも売れない状態でしたけど。
それ以外では、
え、これがなんでそんな高値着くのだ!!!!
というような、読んだ自分が大したことないと思う本が
げげげという高値だったことも多かったです。(当社比)
お察しかもですが、あまぞんで売りました、爆。
しかし、出荷作業が面倒すぎて、
まだ売れる本がある状態で、挫折しました。
だいたい、お金入るとまた買っちゃうし・・・
あまぞんで売り、またあまぞんで買うというあまぞん奴隷。
なにやってんですかって感じになってきて、


あーー
なんか、そーいえば。。。
ブログとかないころから書いてたような、
うあああ、あれはもう、15年以上前ですな、爆破。
青森のメル友がホームページ作ってやるから
おまぃ日記書けって言われて書いていた時期もありました。


で、ぶろぐがなにがいいの?って、
天狗とか青森のハナコちゃんとか、
そういう出会いがあるということがひとつにありますね。
今は占星術のお客さんとか受講生さんとかの交流もありますが、
ビジネスの集客を第一の目的にするとまず続かないでしょうね。


でも、
続けているとだんだん書くことがなくなってきますよねー。
あんましプライベートな事を書きすぎるのは、
自分にも周囲の人にも支障が出てきたりします。
家庭のこと、仕事のことを書きすぎて、
親族会議から離婚の危機になった人もいましたし、
仕事関係の人にバレて苦情が来た人も知ってます。

また、
わたしは鑑定後の感想を時々掲載させてもらうことがありますが、
承諾を得て掲載した感想を、
「プライベートなことなので匿名でもやっぱり嫌」
と掲載のお知らせをした後に言われて、取り下げたこともあります。
なんかそんなことがあるので、感想を載せるの機会が減ってるんですが。

でもまたその反対に、
是非載せてください!と感想をいただくこともあります。
すごくうれしいです。
ありがたいことだと感謝してます。


で、なんだっけ、また脱線したw



そうそう、ぶろぐ、(汗)
いいことがあったらふつうにネタとして書けるわけですが、
なにもないと書くことをひねり出さなくてはならぬ!
どうやってひねりだすか!?
ということですが、

ながくなったので、夜に続く・・・
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by umiyami | 2016-04-25 12:59

クラプトン先生がいるじゃないか

ポールもいるし。
エレカシ宮本さんと斉藤せっちゃんと、
あとスピッツもいるし、
中村耕一さんもいい声が復活してるし、
まあ、大丈夫かな、とか。




表現することや発信して伝えることに関わるひとたちは、
成功し安定し、老いて権威を手にすると、
反対に輝きが失われていくように感じられることが、
多いのはどうしてか?
もちろん例外はありますが。

そんなことをよく、
芸術家のチャートなんかを見ていて考えるともなく考えていました。

で、それに対して自分なりにちょっと答えがでたのはつい最近のこと。
エコール・ド・パリの夭逝した画家たちのチャートがきっかけかも。
彼らの多くは貧乏のまま死に、死後に作品が評価されている。


ある種の芸術家、
アーチストは歳をとることができない、ということを思います。
ランボーは若くして筆を折りなぜ商人になったのか?
太宰、三島、芥川、川端、文豪はなぜよく自殺するのか?
みたいな疑問が昔からあったんですが、
死によって自分の作品が完成するという考えが彼らには
意識的か無意識的かはわからないけどあったのでは・・。

Tears in Heaven live Crossroads 2013

この曲、封印が解かれたんですね。


4歳で亡くなった、クラプトンの愛息コナーくんのチャートを見つけました。
この4年という短い人生において彼は、
父エリック・クラプトンにどれほどの影響を与えたのか。
それはこの曲に乗って計り知れない愛として、
世界中に広がって、今も生き続けています。

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太陽 
しし28度「大きな木の枝のたくさんの小鳥」

月 
うお17度「復活祭の歩道」

水星 
しし14度「表現の機会を待つ人間の魂」

金星 
てんびん14度「正午の昼寝」

火星 
やぎ12度「講義をする自然の学徒」

木星・キロン
うお21度「小さな白い羊と子どもとと中国人の召使」
リリス 
うお20度「夕食のために用意されたテーブル」

土星 
いて4度「歩くことを学んでいる小さな子ども」

天王星 
いて19度「住居を移動するペリカン」

海王星 
やぎ4度「大きなカヌーへ乗り込む集団」

冥王星 
さそり5度「大きな岩場の海岸」

ドラゴンヘッド 
おひつじ24度「風が吹き豊饒の角コーヌコピアのかたちになるカーテンと開いている窓」

ASC 
おとめ2度「掲げられた大きな白い十字架」

MC おうし22度「荒田水の上を飛ぶ白い鳩」




若さの持つ純粋性にはゆるみがない。
あるのは緊張感と切迫感。
緊張を老成した人間の中に持ち続けることは難しい。
それは、創造のために破壊をし続けるハードなものだから。
そして、その尋常ではない緊張感こそが、見る人の心を烈しく揺さぶる。
観客は、安全な場所から傍観者として、
彼らが自ら墓穴として堀り続けた結果、落ちて行った真理へと続く淵をのぞく。

でも、純粋性だけがすべてではない。
老いて淀み、腐り果てた向こう岸にしか見えないものもある。
純粋性は、その淀みからうまれる。
それはあたかもうお座とおひつじ座の切り替わりのように。
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by umiyami | 2016-04-24 13:46

情けは人のためならず

満月は過ぎてしまいましたが。

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2016/04/22 14:23
太陽おうし3度「クローバーの咲いている芝地に足を踏み入れる」
月 さそり3度「棟上げ式」
水星おうし22度「荒れてた水の上を飛ぶ白い鳩」
金星おうし21度「拳闘士」
火星いて9度「階段で子どもたちを連れている母親」
木星おとめ14度「家系図」
土星いて16度「船を見ているかもめ」
天王星 おひつじ22度「欲望の庭へ続く門」
海王星 うお12度「新参者たちの試験」
冥王星 やぎ18度「イギリスの国旗」


この満月の太陽は河童月の度数なんです。
なので個人的新月でもあるという、満月でした。


情けは人のためならず

もっと力強い生活をこの手に


なんとなく思い浮かんだのはこの言葉

自分第一ですわ、爆。
自分が自分を幸せにすることができていなければ、
ほんとうの意味で人の幸せに貢献することはできないのではないか・・・
なんてことを思いました。
みんなで一緒にたのしくやりたいよう~
とかいっても、自分ができないことを、ひとを利用してやるような、
そんな片鱗が顔を出して、どこかに無理がでてきちゃう、
そんな気がするわたしです。

先日も描いた、
できることしかできない、
ということと通じるかもしれません。

この満月の日にわたしは夜勤でしたが、
なぜか、
この方の顔が思い出されて。。。
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河童の先祖ではありません。(オイ、コラ
アッシジのフランチェスコ先生です


あゝ主よ
我をして御身の平和の道具とならしめ給え
我をして憎しみあるところに愛をもたらしめ給え
諍いあるところにゆるしを
分裂あるところに愛を
迷いあるところに信仰を
誤りあるところに真理を
絶望あるところに希望を
かなしみあるところに喜びを
闇あるところに光りをもたらしめたまえ
あゝ主よ
我をして慰めらるるを求めずして慰むることを求めしめ
理解さるることよりも理解することを
愛さるることよりも愛することを求めしめ給え
そは我らは
自らが与えうるがゆえに受け
ゆるすがゆえにゆるされ
おのが身を捨て死するがゆえに
永遠の生命を得るものなればなり

 フランチェスコの平和の祈り







新月や満月には、なにかが起きる!みたいなことをよく言われますが、

前から一回言いたいと思ってたんですけど、
こと介護の場に関しては、あまりあてはまらない気がします。
すくなくとも、満月新月の瞬間とか当日に事が起きるって記憶に無いです。
当日でなく一日から数日後ならありますが、急変や何か特別なことが、
普段の日より多いかっていうと、それほどでもないなって。

まあなんにせよご老人は反応がゆっくりなので・・・
って、そういう話しなのか?爆。


特に夜勤の時なんか、
このひと、そろそろお迎えきそうかな・・・って、
密かに思ってるターミナル期の方は気をつけてみてたんですが、
そういうときは99%「特変なし」で翌日を迎える感じでした。








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by umiyami | 2016-04-23 22:23

それは本当なのか?

なんに対しても、自分でそう考える。

それはちょっとめんどくさくて、大変だったりもする。
しかしそうすると、
ほかの多くの人とは違う答えをひとりだけ持ってしまうこともある。
そうしたことから葛藤をかかえることになっても、
それでも考えずにはいられない。
みんなはそう言ってるけど、それって本当に本当なの?

とは言っても、自分が考えて出した答えには正解はない。
だれも、
おまえは間違っていない、おまえこそが正しい、とは言ってくれないし、
間違っていても、子供の頃みたいに、
親切に間違いを指摘してくれるひとは少ないのだ。

でもそれでもやっぱり考える、
人とは違う考え方で、違う答えが出続けたとしても、
生きている限りひとはそれでも人の間で生きねばならないから、
時には、そんなことは全然考えていません、
みんながそう言ってるなら、わたしもそう思います、
というふりを装ったりしてしまう。
それで孤独を感じたりしつつも、
自分で考えるし、自分で答えを探さずにはいられない。


で、自分てなんなんだ?!
自分っていったい誰なんだ?

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by umiyami | 2016-04-23 16:03

わたしは無力である

わたしたちは自分が無力であるということを知らなくてはならない。
自分が一人では何も出来ない存在だということを自覚しなければ、
できることも出来ないのだという気がする。


坐骨神経痛が復活しています。
ちょっとよくなるとまた動いて悪化、というのを繰り返してます。
来月はちょっと安静にできる予定。
まあでも相変わらず手と口は達者ですw

あー
わたしが調子悪いと、にゃんこさんが具合悪くなるから心配・・・
って、思っていた昨日の夜中、にゃんこさんが
鼻血・・・・!
えーー、鼻血?!ど、どうしよーー
くしゃみと鼻水がでているので、多分風邪。


あなたのために今わたしに出来ることはなんだろうって、
たとえば、日本に住んでいると、
必ず忘れたころに、
どこかで水害や地震がおきて被害に遭うひとがでてきます。
遠く離れていると、今被災して困っている人に対して、
わたしがしてあげられることは少ない。

やっぱりできることしかできないのである。
で、無理をすると出来ることもできなくなるのである。
だから、いま自分ができることをやるのです。


あと、
わたしは占星術とかをやりますが、
災害を「神の警告」という読み方はしません。
そういう読み方は高みの見物のようでとても傲慢だと思っていますし、
そういうことを言うひととは付き合いたくありません。
誰でもが被災者になりうる、それを忘れてはいけない。
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by umiyami | 2016-04-21 09:20

占星術は運命論でも統計でもない

まあ、ぶっちゃけオカルトです。
個人的な見解です。

昨日の読み会がおもしろかったのは、
生年月日の生年がまちがっていたのに、
なんとなくなく納得のリーディングにおさまっていたこと。

だから、占星術はいい加減、
ただのこじつけで意味がない、というふうにも見えます。
そういう傾向があることは確かに否めませんね。(オイ
対象となる人物をよく知らないで読んいるので余計ですね、爆。
人を見ずにチャートを見ることは意味が無いという証明でもあります。



そういえばわたしは、
ガイド相談室のKさんに、
「占星術もお勉強続けるといいですけど、
そのうち、なんでこれで当たってるの?っていう、
セオリーどおりでない読み方をするようになりますよ」と言われたんですけど、爆。
まだ、その境地には達してはいないと思われ・・・
山羊水星としては、ありがたくない予言・・・Σ(´∀`;)


わたしは個人的には自分自身を、
「占い師」というふうにはあまり思ったことがないです。
そこそこ鑑定人数も年数もたってきてるので、
占い師として出演しているときは別ですが、
ホロスコープを読むときは、ちょっと違う感じになります。

なに、めんどくさいこと言ってるのだ!って、自分でも思いますが、
サインがすべてのような考え方も腑に落ちません。
占星術は惑星のサイクルが命だと思ってます。
惑星意識について、もっと知って欲しいです。
そして、占いに関しては、
運命論的な考え方が苦手なんです。
でも、占い好きなひとは運命論者が多いよねって気がします。

出掛けに鼻緒が切れたから縁起が悪い、
だから今日はお出かけやめて家にいます、というひとがそう。
そういうときに、
なぜ、鼻緒が切れたのかを探る!とかでもなく、
かわりのものがあるじゃない?って、わたしは言います。

だいたいは気にしないことが一番です。
あなたが思うサイアクの事態は、少なくとも今日は起きません。
コワイコワイコワイ・・ッて思ってそれを避けよう避けようとすることは、
そのコワイものに自分から近づいて行くのと同じこと。

切れるものはいずれ切れるということわりを示して、
じゃあ靴履いてけばいいじゃんよ、鼻緒があるから切れるんだろ、っていう。
そういうスタンスです。




あと、

土星を落としたwwwwwwwww
今日はすみません!
土星のテキスト間に合いませんでした。
ほんと、すみません、ごめんなさい。
わすれてました。
反省しております。
いて座だって反省する時はある、という事件でした・・
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by umiyami | 2016-04-17 15:10