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2014-09-19  おとめ座27度 「お茶会をしている高貴な貴婦人」


きのうはみなさん様子がおかしかった。
被害妄想の幻聴も1.5倍、独言の音量も1.5倍(>_<)ギャ~
計ると血圧が180超えてりゅーー!ふたりが血圧降下薬を飲み忘れ・・
服薬したらシーン・・・となって落ち着いたのでテキメンすぎてわろたw

きのう、95才になる校長をしていたおじいさんが、
子どもたちの額や、なんとか勲章の記念の壁を、
じーーーっと見つめて立っているところを見てしまいました。

しばらくそっとしておいてから、声をかけたんですが、
あのときなんで、
先生!って名前で呼べなかったんだろうって、
あとでめずらしく後悔したんですよね。






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今日の太陽の度数は、
おとめ座27度
「お茶会をしている高貴な貴婦人」Grande dames at tea.

:::2013サビアン日記より:::::
現代ではあるのが当然な,スポーツ競技や数々の芸術の原型を、
擁護し発展させてきたのは、王族や貴族という特権階級の人々でした。

足りないものなんか何もない、でも強いてやることも何もない・・
という暮らしの中でしか出てこない、何かを希求するときに発するエネルギー。
なんかおもしろいことないか-!というものすごく切実な欲求。
ヒマだからできること、というよりも暇だ!もう退屈で死にそうだ!
というなかにいるからこそわかることがあります。

::::::::



わたしには95才のおじいさんの知り合いがふたりいます。どちらも大東亜戦争で中国大陸に何年もいました。その時の話を教師をしていたおじいさんは良い思い出として、いまでも懐かしく語ります。親切で純朴な支那のひとたち、おいしい食べ物、広大な風景・・・。もうひとりのおじいさんは詳しくは語りませんが、「つらかった七年間の戦争の思い出」として語ります。

ひとはそれぞれ、自分の神話をあたためている。生きた神話は語られなくてはならない。
語られなくては人間の魂が死んでしまう。






わたしは祖父母と縁なく育ったので、介護の仕事をしだしてからお年寄りを知りました。
最初、転職を考えて老人ホームに面接に行き、大勢のお年寄りを見た時は、
なにか言葉にならない不思議な感覚でした。
50人のおとしよりが介助を受けて食堂で食事をしている光景はなかなか見られるものではないです。
いろんな状態のひとがいるので、それだけで見学のご家族はショックを受けてしまうこともある・・。
わたしの時もそうでした。
それはもう、異界の生物か宇宙人を見るような、はじめての感覚です。爆

でも、大好きな職人のおじいさんがお向かいにいて、子供の頃はよく仕事をのぞきにいってました。
たぶん邪魔だったと思いますがw家に居場所がなかったわたしは、おじいさんに救われてました。
先のおじいさん先生も、そういう意味でだれかの安全地帯になってあげることはできたはずなんですよ、
でも今の仕組みがそうさせない。立場の違うものとして切り離す。それはただ管理しやすくするためだけに。

介護保険制度が自然体の地域の交流を解体したんじゃないか?
そんな場面にわたしはこれまで何度も遭遇してきました。
お駄賃をあげて近所の子供にお使いを頼んでいた一人暮らしのおばあさんから、
子どもとの交流をとりあげたのは、わたしの上司だった。
「金銭授受は子供の教育によくない、
子供がそのうち家の物やお金を勝手に持ち出さないとは限らない。不健全な関係だ。
役場やヘルパーの仕事がやりにくなる。来たら追い返すように。」と言いました。
わたしは耳を疑ったけど、みんなが頷いていた。それが常識らしく異議をとなえるものはいなかった。
とくに「問題」だったのは、その地域が生保受給者の市営住宅で、
古さも環境も1,2を誇るような長屋のような低所得者の集合地帯だったということがあった。


正直言ってわたしが、今の時代の子供だったらこの時代をこの歳まで生き抜ける自信がないです。

by umiyami | 2014-09-19 05:23 | 今日のサビアンシンボル